セキララな思考。

いらっしゃい!感じたままをセキララに書いています。

『無伴奏』

キャスティングはハマってます。
まさに適材適所。

特に池松壮亮さんが素晴らしい。
こんな顔も出来るんだ…という発見多数。

う~ん、でもね...。

 

 


なんとなく残念な感じ。
映画の中で描かれる時代の雰囲気や人の醸し出す空気とかが、あまり感じられない…。
しょうがないと言ってしまうしかないのかなあ。

この映画のヒロイン、実は池松壮亮さんじゃないの?

...というのが、第一印象。

劇場公開時は映画館に行くことができず、Amazonプライムにてやっと鑑賞したわけです。
Amazonプライムで500円でレンタルして48時間は見る権利があるので、1回こっきりではもったいない。
だから、一晩寝てからもう一度観たんです。

そして、この作品は、2度目に見たときにかなりの引っ掛かりを感じました。

何が描かれた作品なんだろうと。

この作品のヒロインは、成海璃子さん演じる野間響子です。
彼女が高校三年の時にバロック喫茶無伴奏で出会った奇妙な3人との別れまでが描かれます。

響子が強く惹かれる池松壮亮さん演じる堂本渉、斎藤工さん演じる彼の友人、関祐之介、そして、松本若菜さん演じる祐之介の恋人、高宮エマ。

3人にはどこか秘密のにおいがしていました。
響子はその秘密を感じながらも、渉に強く惹かれるあまりそのことを深く追及することがありませんでした。
そして、そのことが、この物語の結末に強い影響を与えるわけです。

が、ヒロインは当事者でありながら、常に傍観者のように見えるんです。
彼女はそこにいて、渉と触れ合って物事の中心近くにいるはずなのに、なぜか傍観者に見える。

響子は渉から影響を受けているのでしょうが、それよりも、響子によって渉になにかしらの影響がもたらされているように見える。

そして、響子の存在は、祐之介にも影響を与えます。
なにも気づかない、気づこうとはしない響子の前に渉や祐之介が現れるたびに彼らからは意味深な視線が送られる。
意味深であることに気づきながら、響子はそれに答えを出せない。

響子はまだ十代で、彼女の持っている知識や世界観では、渉が彼女に期待していたかもしれないことや祐之介が言いたかったことが想像できなかったのかもしれない。

ああ、そうか、想像できなかったんだ。
そして、彼女は、起こった出来事だけ受け止めたんだ。

この作品に描かれているのは、その過程なのかもしれません。
なんとなく腑に落ちました。

気になったので、シナリオと原作を読みました。

原作は響子の回想によって、この作品に描かれた物語が語られます。
すべては、20年の時を経て彼女が出した一つの答えなんですよね。
だからとても説得力があります。

そして、重要なのは、その回想を経ての彼女の結論ではないかと感じました。

映画の中にそれはありません。
この作品の物足りない感じは、そのせいなのかもしれません。

つまらなかったとは思いません、ひっかかったから。

ただ、ここまで突き詰めてみようと思った理由は、池松壮亮さんの演技でした。
いや、だって、池松壮亮さんがそりゃまあ魅力的なもんだから。

映画を観るとき、私は第一に出演者を気にします。
自分の信頼する(というと偉そうですが)俳優が出演するなら、その人がどんな小さな役でも探して観ます。
まあ、当たり外れは大きいと思いますが、その俳優が物語の中で、自然に存在している様を見ると、うれしくなるのです。

もともとミーハーなんですね^^;

次に、原作がある場合、まず映画を見てから原作を読むことにしています。
当然のことながら、原作のほうがおもしろい場合のほうがほとんどです。
でも、脚色の取捨選択によって大きく構成や物語自体が変わってしまうのは当然のことです。

“原作のほうがおもしろい”

という感想を避けるために、私は映画を先に観ることにしています。
そうは言っても、かつて読んだ小説が映画化されることも増えてきたので、困りものなのですが。

でも、私が歳を取った響子の年齢に近いからそう感じるのかもしれません。
作中の響子に年齢が近い人はまた違う感じ方をするかもしれませんね。

さて、どうなのでしょう。

 

映画『無伴奏』公式サイト


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無伴奏

原題:無伴奏
製作国/製作年:日本/2015年
時間:132分
映倫区分:R15+
製作:重村博文
脚本:武田知愛、朝西真砂
原作:小池真理子無伴奏」 (新潮社文庫刊、集英社文庫刊)
監督:矢崎仁司
出演:成海璃子池松壮亮斎藤工、遠藤新菜、松本若菜/他

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